短編小説

いつも同じ時間に起き、同じ電車に揺られるだけの生活。そんな平凡なサラリーマンの田島が、ある朝の散歩で竹藪の中に黒いビニール袋を見つけた。中には、数えるのも億劫になるほどの一万円札。――一億円。警察に届ける勇気もなく、家に持ち帰った田島は、封を切らずに押し入れへと押し込んだ。

だが日が経つにつれ、「少しだけなら」と気持ちは揺らぐ。封筒一枚分を抜き取り、ランチを豪華にしてみた。誰も怪しまない。次はブランドの時計、次は海外旅行。何も起きないと知ると、歯止めは効かなくなった。

気づけば半年。金は尽き、贅沢な暮らしの後にはクレジットの支払いだけが残った。竹藪に戻っても、あの袋はもうない。風に揺れる竹の音が、彼を嘲笑うように響いていた。

大阪万博での心暖まる話

「約束の写真」——1970年大阪万博にて

1970年の春、まだ肌寒さの残る万博会場に、ひとりの少年とおばあさんが訪れていました。

少年は小学4年生。おばあさんは、いつも腰を曲げてゆっくり歩く優しい人でした。

少年は万博が始まる前から「太陽の塔を見に行こう」と言い続けていました。

おばあさんは当時、戦争を経験しており、電気の灯りすら貴重だった時代を知る人。

そんな彼女にとって、未来をテーマにした万博はまるで夢のような世界でした。

会場に入ると、世界中の国のパビリオンが並び、人々の笑顔があふれていました。

おばあさんは何度も足を止めて、目を細めながら言いました。

「人が国を超えて集まって、笑ってる… ええ時代になったもんやねぇ」

少年は嬉しそうに太陽の塔の前でポーズをとり、おばあさんがカメラを構えました。

「ほら、ちゃんと笑いなさい。未来に残る笑顔やで」

カシャッ。

それが2人が一緒に撮った、最後の写真になりました。

50年以上の時が流れ、2025年。

その少年はもうおじいさんになり、自分の孫と一緒に再び大阪万博の地を訪れます。

新しい太陽の塔を見上げながら、孫が聞きました。

「おじいちゃん、これ昔もあったの?」

「うん。お前のひいおばあちゃんと、ここで写真を撮ったんや」

ポケットから、色あせた小さな写真を取り出します。

そこには、未来に夢を見て笑う少年と、それを優しく見つめるおばあさんの姿。

孫はその写真を大事そうに受け取り、言いました。

「じゃあ次は僕と撮ろうよ。ひいおばあちゃんにも見せてあげよう」

太陽の塔の前で、世代を超えて繋がる笑顔。

人と人とが未来を信じ、つながるという万博のテーマが、そこに静かに息づいていました。