戦況はじわじわと傾いた。疲労は誤魔化せない。反応が一拍遅れ、射線の読み違いが増える。連携していた隊の無線は途切れがちだ。仲間の一人が味気ない調子で「もう無理かもな」と呟いた時、それが冗談でないことを全員が感じた。ロボットの残存数も目に見えて減る。修復が追いつかず、補給の間隔が伸びる。遠隔で戦う利点は身体の安全だけだが、精神の耐久は持たない。俺は何度も自己診断を走らせ、意識の異常を否定したが、それでも視界は歪む。勝敗が決まれば人類の扱いは不明だという現実が、薄くない影となって横たわる。敗北の可能性は、口に出すには重すぎた。
第二話:交換 — 壊れても、次の機体へ
砲煙の中で、俺は機体を失っても即座に「次」へ移る訓練を受けていた。意識の移植は素早く、昔ハマったゲームで培った指の感覚が思いの外役に立つ。敵の波を次々と捌き、ロボットを撃破していく自分に、かつての夜更かしが笑う。だが敵は無限に湧く様に見える。壊しても壊しても増える影。遠隔だとしても、操作の疲労は実体験に等しい。視界に映る同僚の残像、無線越しの息遣い、旋回のたびにくる微かな吐き気─戦闘は身体の深部を削っていく。次の機体に飛び移るたび、現実と虚像の境界が薄れる。勝利の数だけ、何かを失っている気がした。
電波の果て ― 西暦2800年の戦場 ―
第一話:召集 — 目覚めは電波の中で
空はいつでも澄んでいる。車は羽を休めず、太陽は電波で街を満たす。記憶は複製され、旅は買える娯楽になった。そんな便利さに慣れた俺は、遠方の星との衝突に「戦闘員」として選ばれる。操縦席はない。意識を同期させれば俺は即座に鋼のロボットになる。最初の発進は、ゲームの夜を思い出させる手つきで、懐かしさが胸に走る。だが実際の戦いは違った。画面越しの世界に、自分の鼓動が重なる。相手は何のために攻めてくるのか。命令は淡々と来る。勝てば安心、負ければ不確かな未来が待つ──その厚い不安が、空気より重く沈んでいる。
第5話 生きている実感
機体は無事に羽田へ緊急着陸した。
ドアが開くと同時に、警察と救急隊がなだれ込む。
犯人は拘束され、俺たちは事情聴取のために別室へ。
椅子に座ると、ようやく呼吸が整ってきた。
あのCAも奇跡的に命を取り留めたと聞き、涙が溢れた。
生きている――。
その事実だけで、全身が震えた。
誰かが肩を叩き、「ありがとう」と言った。
俺は笑うことも泣くこともできず、ただうなずいた。
窓の外に見える東京の街。
もしあのまま突っ込んでいたら、ここにはもう存在していなかった。
「多くの命を救ったんだ」
そう言われても実感はない。
ただ、あの瞬間に自分が“生きようとした”ことだけは、確かに覚えている。
――あれほど怖くて、
あれほど生を感じた瞬間は、
生涯、もう二度とないだろう。
第4話 飛び掛かる瞬間
犯人がトイレのドアを開けた。
その瞬間、時間が止まったように感じた。
俺たちは目で合図を送り、一斉に立ち上がる。
「今だっ!」
全員で飛び掛かった。
銃声が響く。頬をかすめる熱。
だが止まらない。
力自慢の男が後ろから羽交い締めにし、俺は渾身のボディブローを叩き込んだ。
鈍い音。犯人が呻き声を上げ、銃が転がる。
「押さえろ! 腕を!」
誰かが叫び、全員で抑え込む。
暴れる腕を捻じ伏せ、関節を決める。
骨の軋む音が聞こえた。
「うっ……あああ!」
叫び声が響き、やがて静寂が戻った。
機内は泣き声と嗚咽で満たされる。
俺は床にへたり込み、汗と涙で顔がぐちゃぐちゃだった。
CAが無線で操縦室に叫ぶ。
「犯人、確保!」
その瞬間、全員の体から一気に力が抜けた。
第3話 決意
時間の感覚が消えていた。
誰も動かず、誰も声を出さない。
だが、俺の中で何かが変わった。
怖い。でも、このまま終わるのはもっと怖い。
俺は青年に声をかけた。
「どうせ死ぬなら、戦ってみないか。」
反応はない。
だが、その言葉が自分を奮い立たせた。
さらに奥のサラリーマンに視線を送る。
目が合った。わずかに頷いた。
その頷きだけで、少しだけ空気が変わった。
俺は静かに立ち上がり、近くの男たちに声をかけていく。
六人。恐怖に震えながらも、誰も「嫌だ」とは言わなかった。
「次にあいつがこっちに来たら、全員でかかる。」
その作戦を共有し、息を殺して待つ。
犯人は操縦室のドアを蹴っていたが、諦めたように戻ってきた。
CAをもう一度人質に取ろうとして、通路を歩いてくる。
距離が縮まる。呼吸の音すら聞こえる。
俺たちは目を合わせた。
今だ――。
第2話 崩れる心音
CAが犯人に引きずられ、操縦室のドアの前に立たされた。
「開けろ! 今すぐだ!」
ドアを叩く鈍い音が響く。
俺はただ震えながら見ていた。
その瞬間、乾いた銃声。
CAの体が崩れ落ちた。
悲鳴、嗚咽、混乱。誰かが吐いた。
銃口の煙が薄く揺れ、焦げた薬莢の匂いが鼻を刺す。
冷や汗が背中を伝い、頭の中が真っ白になる。
「死ぬのか……ここで?」
その言葉が脳内でこだまする。
窓の外では、太陽が静かに光っていた。
あまりにも平和で、現実とのギャップが狂気じみている。
犯人はまだ操縦室には入れていない。だが、時間の問題だ。
誰も立ち上がらない。
死の気配が機内全体に広がっていく。
隣の席の青年が小さく泣いているのが見えた。
俺は無意識に口を開いた。
「……このままじゃ全員死ぬぞ。」
心臓の鼓動が、死のカウントダウンのように鳴り続けていた。
✈️短編小説『ハイジャック』
第1話 静寂を裂く声
離陸から二十分ほど経ったころだった。
機内はまだ朝の眠気が漂っていた。紙コップのコーヒーを飲みながら、俺はぼんやりと雲を眺めていた。
その時、突然、後方から甲高い声が響いた。
「全員動くな! この飛行機は東京都庁に突っ込む!」
一瞬、冗談かと思った。だが、目に飛び込んできた黒い金属の光が現実を突きつけた。――銃だ。
男は30代後半くらい。顔は汗に濡れ、目が異常に光っている。
CAの腕を乱暴に掴み、銃口をこめかみに押し当てた。
「抵抗したら撃つ!」
悲鳴が弾けた。客席は一瞬で地獄のような静寂に包まれる。
誰も息をしていない。
男は操縦室の方へ進み、CAを引きずっていく。
足が動かない。誰も立ち上がらない。まるで全員が凍りついた像のようだった。
子どもの泣き声が響き、誰かが「やめてくれ」と小さくつぶやく。
だが、何も変わらない。
男は振り返り、銃口を向けてきた。
「静かにしていろ! 全員、死にたくなければな!」
その言葉でようやく理解した。
これは映画じゃない。――現実のハイジャックだ。
横断歩道の向こう側5
幹部として頂点に立った俺の世界は、光と影が入り混じる帝国だった。金は手に入り、人は動き、警察も政治家も俺の手の中で踊る。だが、そのすべては幻だった。
ある夜、おじいちゃんからの電話。穏やかな声で、全ての計画の暴露を告げられた。組織内の証拠、仲間の裏切り、俺が手にした金の行方――すべて俺を罠に嵌めるための仕組みだったのだ。
震える手で札束を握りしめる。警察の車両のサイレンが遠くで聞こえる。
「君はよくやった。しかし、若い芽は早く摘む」
その声に、長年信じた忠誠も誇りも、静かに砕かれる音がした。
目の前の光景が、夢か現実か区別がつかない。
俺の手で命じた仕事、逮捕された下っ端たちの顔――すべてが俺を見下ろしているように感じた。
街は生々しく、冷たく、そして静かに俺を飲み込もうとしていた。
闇の頂点から落ちる感覚は、風のない夜に落ちる石のように重い。
手を伸ばせば、まだ何かを掴める気がするのに、指先は空を切る。
この世の底で、俺は初めて、孤独と絶望をリアルに知った。
横断歩道の向こう側4
夜の街を一人で歩きながら、俺は考えていた。
ここまでの成功は、果たして俺自身の力なのか。それとも、あの老人の計算された導きなのか。
約束の場所で待つおじいちゃんと再会した瞬間、全てがわかった。
「君、順調だね」と微笑む彼の瞳には冷たい光が宿っていた。
彼の正体は、裏社会の創設者の一人であり、組織の“粛清役”。俺は気づかぬうちに、彼の駒として利用されていたのだ。
会議室に並ぶ金と書類、そして動かされる人間たち――全てが緻密に計算された舞台。
おじいちゃんの微笑は、ただの祝福ではなく、俺の忠誠心と行動を試すためのものだった。
胸の奥で、かつての良心がわずかに痛む。だが、手元の札束と権力の匂いに、理性は静かに押し潰されていく。
「君に任せる。だが、裏切れば即座に消す」と告げられた瞬間、世界の重さが違った。
俺は理解した――ここから逃げることはできない。
そして、気づいた時には、既に裏切りの予感は現実の影となって、背後から迫っていた。
