家に着くと、まだ周囲は真っ暗だった。
“暗くてよかった”という言葉が、これほどしっくりくるのは初めてだった。
泥だらけのスーツケースを車から下ろし、足早に玄関へ向かう。
誰かに見られているような気がして、振り返るたびに心臓が跳ねる。
自分では冷静を装っているつもりだが、その動きはどう見ても不審者だっただろう。
部屋に入り、段ボールを広げてスーツケースを上に置く。
土がポロポロと床に落ちる。
しばらく呼吸を整えてから、再び鍵を回した。
ガチャリ。
中には、昨日と同じようにぎっしりと現金が詰まっている。
「……本物、だよな?」
札束を一枚取り出して光にかざす。手触りも質感も、本物にしか思えない。
「親父……何でこんな金、持ってたんだ?」
頭の中を疑問が渦巻く。
これがもし“悪い金”だったら?
あるいは……自分が知らない何かを、親はしていたのか?
気づけば外は薄明るくなっていた。
時計を見ると、もう朝だった。
一晩中、札束を前に考え込んでいたらしい。
「……少しだけ、使ってみるか」
口の中がカラカラに乾いていた。
震える手で一枚の札を取り、財布に入れる。
胸の鼓動が速まる。
——ビビりながらも、試してみることを決意した。
