引っ越してからしばらく、俺はホールに足を踏み入れなかった。
視線に晒されるような過去の記憶が胸の奥をざわつかせる。店の明かりを見るたび、あの二人の顔がちらついた。
一週間が過ぎ、試しに一度だけと打ってみた。
得意なAタイプのパターンに沿って打つと、台はいつものように応えた。まだ使える。少額を積み重ね、派手な勝ちを避けながらホールを散らすように立ち回る。目立たないことを最優先に、日常が戻る感覚に少し安堵した。
だが、心のどこかで昔の街とあの二人のことが気になり始める。俺は変装をして、確かめに行くことにした。店長に密告したのだから、出入り禁止になっているはずだ。もしかすると、もうこの街にはいないかもしれない。
恐る恐る懐かしいホールの入口を覗くと、外見は何も変わっていなかった。中にも特に不審な様子はない。ほっとしていると、背後から声がした。あの時、写真を見せた店長だ。俺が変装を解く前に気づき、驚いた顔で近づくと、急に腕を掴まれ裏手へと引かれた。
裏に入ると店長は静かに言った。
「生きててくれて良かった。」
理由を問うと、店長の表情が固くなった。密告した二人は日本人ではなく、裏社会の有力者と繋がっていたらしい。出入り禁止にしたものの、特に咎められることもなく店側は抑えられている。しかも――
「お前を相当恨んで、今も探しているよ」と店長は低く囁いた。
その言葉が胸に沈み、背筋が凍る。
灯りの奥で、ホールのざわめきが遠く聞こえた。
俺は初めて、逃げた先にも追跡者の影が伸びていることを知った。
