第1話 静寂を裂く声
離陸から二十分ほど経ったころだった。
機内はまだ朝の眠気が漂っていた。紙コップのコーヒーを飲みながら、俺はぼんやりと雲を眺めていた。
その時、突然、後方から甲高い声が響いた。
「全員動くな! この飛行機は東京都庁に突っ込む!」
一瞬、冗談かと思った。だが、目に飛び込んできた黒い金属の光が現実を突きつけた。――銃だ。
男は30代後半くらい。顔は汗に濡れ、目が異常に光っている。
CAの腕を乱暴に掴み、銃口をこめかみに押し当てた。
「抵抗したら撃つ!」
悲鳴が弾けた。客席は一瞬で地獄のような静寂に包まれる。
誰も息をしていない。
男は操縦室の方へ進み、CAを引きずっていく。
足が動かない。誰も立ち上がらない。まるで全員が凍りついた像のようだった。
子どもの泣き声が響き、誰かが「やめてくれ」と小さくつぶやく。
だが、何も変わらない。
男は振り返り、銃口を向けてきた。
「静かにしていろ! 全員、死にたくなければな!」
その言葉でようやく理解した。
これは映画じゃない。――現実のハイジャックだ。
