横断歩道の向こう側

30歳、フリーター。朝も夜も、コンビニのレジに立ち、弁当を温めるだけの毎日。

時計の針は確かに進むのに、俺の人生は止まったままだった。何をしても満たされず、誰からも必要とされない。そんな自分が嫌で、でも抜け出す力もない。

ある夜のバイト帰り、信号待ちをしていると、青になっても動かないおじいちゃんがいた。周りの車がクラクションを鳴らし、焦るように彼の腕を取った。

「渡りましょう」

そう言って一緒に歩き出した瞬間、おじいちゃんは微笑んだ。

「ありがとう。君みたいな若い子でも、まだ優しさがあるんだね」

別れ際、なぜかおじいちゃんは俺の連絡先を聞いてきた。戸惑いながらも教えた。もしかしたらお礼があるかもしれない。そんな淡い期待を抱いたが、数ヶ月が経っても何の音沙汰もなかった。

その日、久しぶりにLINEの通知が鳴った。

“君、まだ現状に満足していないだろう? 少し危ないが、確実に人生を変える仕事がある。”

画面を見つめながら、心臓が高鳴った。

これは間違いだ。関わってはいけない。

――そう思う理性の声を、俺は自分で押し殺した。

どうせこのまま生きても、何も変わらない。

だったら、一度くらい賭けてみてもいいじゃないか。

「やります」

そう返信した指先が、震えていた。

俺の人生は、その瞬間、横断歩道の向こう側へと踏み出した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA