使うならやはり——パチンコ屋だろう。
そう思い立って、昼過ぎに車を出した。
鞄の中の札束を見つめると、妙な緊張が走る。
一枚取り出してポケットに入れると、手の中でその感触がやけに重く感じられた。
店内はいつも通りの喧騒。ジャラジャラという音が鳴り響き、タバコの匂いが漂っている。
普段ならなんでもないこの光景が、今日はどこか現実味を失って見えた。
台に一万円札を入れる。
すんなりと吸い込まれ、玉が出てくる。
「……使える」
思わず口に出ていた。
心臓の鼓動が早くなる。
周りを見渡すと、誰もこちらを気にしていない。
防犯カメラの位置を確認し、店員の視線を追う。
どこにも“異変”はない。
勝ったり負けたりを繰り返し、結局すべて飲まれた。
だが、今日は悔しさよりも安堵が勝った。
これが本物の金なら——まだいくらでもある。
そう思うと、今まで感じたことのない余裕が心を満たした。
次はコンビニだ。
コーヒーと雑誌を買う。問題なく使えた。
飲食店でも、ネット通販の代引きでも同じ。
どこで出しても、誰も怪しまない。
まるでこの金が“最初からこの世に存在していた”かのようだった。
帰り道、渋滞にはまった。
いつもならハンドルを叩いて苛立つところだが、今日は違う。
窓の外を眺めながら、信号に照らされた夜の街をぼんやり見つめる。
「まあ、急ぐ理由もないしな」
自然と口から出た言葉に、自分でも驚いた。
家に帰る前に少し贅沢をしようと思った。
ふと目に入ったのは、いつも素通りしていた少し高めの回転寿司屋。
「今日はいいか」
そう呟いて車を止めた。
ガラス越しに見える店内の灯りが、なぜか妙に温かく感じられた。
この金がどこから来たのか、今はどうでもいい。
ただ、今日の俺は——確かに“自由”を感じていた。
