第7話 「現金の夜明け」

家に着くと、まだ周囲は真っ暗だった。

“暗くてよかった”という言葉が、これほどしっくりくるのは初めてだった。

泥だらけのスーツケースを車から下ろし、足早に玄関へ向かう。

誰かに見られているような気がして、振り返るたびに心臓が跳ねる。

自分では冷静を装っているつもりだが、その動きはどう見ても不審者だっただろう。

部屋に入り、段ボールを広げてスーツケースを上に置く。

土がポロポロと床に落ちる。

しばらく呼吸を整えてから、再び鍵を回した。

ガチャリ。

中には、昨日と同じようにぎっしりと現金が詰まっている。

「……本物、だよな?」

札束を一枚取り出して光にかざす。手触りも質感も、本物にしか思えない。

「親父……何でこんな金、持ってたんだ?」

頭の中を疑問が渦巻く。

これがもし“悪い金”だったら?

あるいは……自分が知らない何かを、親はしていたのか?

気づけば外は薄明るくなっていた。

時計を見ると、もう朝だった。

一晩中、札束を前に考え込んでいたらしい。

「……少しだけ、使ってみるか」

口の中がカラカラに乾いていた。

震える手で一枚の札を取り、財布に入れる。

胸の鼓動が速まる。

——ビビりながらも、試してみることを決意した。

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