第14話 静かな底に沈む日々

焼け跡から目を背けて生きるようになってから、すでに数週間が経っていた。

時間だけは淡々と進んでいくのに、自分だけがそこに取り残されているようだった。朝起きても、体を起こす理由がない。外に出る気力も薄れ、ただ惰性だけで日々を漂っている。まるで世界の音が全部遠くに引っ込んでしまったみたいに、心の中が静まり返っていた。

何度も思った。

“なぜ隣の家なんか燃えたんだ”

“なぜ自分の家まで巻き込まれたんだ”

恨んだ。理不尽さに、怒りが湧いた。

何も悪いことをしていないのに、と。

けれど、その怒りも数日と持たなかった。

怒り続けるだけの力さえなくなっていたし、それに——どこかでうすうす気づいていた。

あのお金は、自分が汗をかいて稼いだものじゃない。

努力を重ねて積み上げたものでもない。

ただ、偶然手に入り、偶然生活を変え、そして偶然すべてを失っただけ。

その冷たい事実が、胸の奥に沈んでいくようだった。

あの金額があったとき、自分は優しくなれた。余裕ができて、大人になれた気がした。人に席を譲るのも、笑って受け流すのも簡単にできた。まるで人格まで豊かになったように勘違いできた。でも、それは「余裕が買ってくれた自分」だったのかもしれない。

今の自分には、その余裕がかけらもない。

だからこそ、残っているのは“本当の自分”だけ。

焦げた地面を思い出すたび、胸の奥に黒く重いものが沈む。

眠っても眠っても疲れが取れず、夢の中でも焼け跡をさまよっている自分がいる。

それでも、ひとつだけ小さな変化があった。

恨む気持ちが、少しずつ薄くなってきた。

恨んだところで、戻ってくるものは何もない。

怒り続けても、焼けた金が復活するわけじゃない。

自分の人生が止まったままじゃ、誰も助けてはくれない。

その現実を少しずつ、受け入れざるを得なくなってきた。

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