部屋が変わると気持ちが変わる——その言葉の意味を、ようやく理解した気がした。
明るくなった部屋、整った家具、観葉植物の緑。
朝、コーヒーを淹れるだけで一日が少し特別に感じられる。
何もかもが以前より少し優しく見えた。
気持ちが変われば、行動も変わる。
車の運転中は道を譲るようになり、電車では自然と席を譲った。
人の悪口を聞くのも嫌になった。
何かに腹を立てることが減り、周囲からは「穏やかになった」と言われる。
——お金に余裕があると、人間まで大きくなれるのかもしれない。
そんな穏やかな日々が、数年続いた。
気づけば、スーツケースの中にはまだ山のように現金が残っていた。
このままでは使い切ることなく人生が終わってしまう。
そう思うと、妙な焦りと同時に高揚感が湧いた。
「もっと、人生を使おう」
その言葉が背中を押し、会社を辞める決意をした。
翌週には航空券を予約。
最初の目的地はハワイだった。
潮風が肌に触れ、眩しい太陽が照りつける。
海辺のカフェでコーヒーを飲みながら、ふと笑ってしまった。
「俺、自由だな」
それからヨーロッパ、東南アジア、オーストラリアと旅を続けた。
帰る日程は決めず、行きたいところへ気ままに移動。
宿や食事、買い物はすべて現金払い。
ただし、持ち歩くのは“必要な分だけ”。
残りは日本の家に厳重に保管してきた。
それでも、見知らぬ土地では常に気を張っていた。
スリや強盗の噂を耳にするたび、ポケットの財布を無意識に押さえてしまう。
だが、そんな小さな緊張すら心地よかった。
金と自由を手に入れ、俺はようやく「生きている」と感じていた。
——その幸福が、永遠に続くと信じていた。
