俺は30歳の、ごく普通のサラリーマン。いつものように地下鉄に揺られていた。満員電車の中、スマホの画面をぼんやり見つめていると、突然、轟音とともに車体が浮き上がった。次の瞬間、視界が真っ白になり、俺は床に叩きつけられた。耳鳴りと鉄の軋む音。鼻を突く焦げ臭さ。気がつくと、電車は横倒しになり、周囲には血を流した乗客たちがうめいていた。
息を整え、俺は割れた窓から必死に這い出した。煙が立ちこめ、出口の表示も見えない。どこを探しても通路は塞がれている。焦燥に駆られながら先頭車両へ進むと、黒い服を着た二人組が立っていた。手には焦げ跡の残るリュック。声を潜め、何かを確認している。――こいつらが、爆破の犯人か。
心臓の鼓動が耳の奥で鳴る。息を殺して身を潜め、奴らの後を追う。彼らは非常口から外へ出ると、血のついた顔でわざとらしく倒れ込み、救助隊の手を借りて被害者の列へ紛れた。
確証はない。だが、このまま逃がすわけにはいかない。俺は救助隊員に近づき、耳元で小さく囁いた。
「先頭車両にいたあの二人、爆発の直後に動いてました。警戒したほうがいいです。」
警察が静かに動いた。数分後、二人は拘束された。報道では「冷静な通報者の協力により犯人逮捕」とだけ流れた。俺の名は出なかったが、それでいい。あの日、偶然生き残った理由を、ようやく少しだけ理解した気がした。
