✈️短編小説『ハイジャック』

第1話 静寂を裂く声

離陸から二十分ほど経ったころだった。

機内はまだ朝の眠気が漂っていた。紙コップのコーヒーを飲みながら、俺はぼんやりと雲を眺めていた。

その時、突然、後方から甲高い声が響いた。

「全員動くな! この飛行機は東京都庁に突っ込む!」

一瞬、冗談かと思った。だが、目に飛び込んできた黒い金属の光が現実を突きつけた。――銃だ。

男は30代後半くらい。顔は汗に濡れ、目が異常に光っている。

CAの腕を乱暴に掴み、銃口をこめかみに押し当てた。

「抵抗したら撃つ!」

悲鳴が弾けた。客席は一瞬で地獄のような静寂に包まれる。

誰も息をしていない。

男は操縦室の方へ進み、CAを引きずっていく。

足が動かない。誰も立ち上がらない。まるで全員が凍りついた像のようだった。

子どもの泣き声が響き、誰かが「やめてくれ」と小さくつぶやく。

だが、何も変わらない。

男は振り返り、銃口を向けてきた。

「静かにしていろ! 全員、死にたくなければな!」

その言葉でようやく理解した。

これは映画じゃない。――現実のハイジャックだ。

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