横断歩道の向こう側2

最初の仕事は、ただ封筒を届けるだけだった。

報酬は五万円。何を運んでいるかも知らないまま、俺は震える手でそれを差し出した。

後になって、それがドラッグの運びだったと知る。吐き気がした。でも、口座に振り込まれた金を見た瞬間、胸の奥がざらつくように熱くなった。

気づけば、次の仕事を自分から求めていた。

夜ごとスマホに届く暗号のような指示。最初は怯え、次第に慣れ、やがて何も感じなくなっていった。

半年後、俺は“組織の人間”になっていた。

指示を出す側になり、金も女も手に入れた。あれほど惨めだったフリーターの自分が、今では人を動かす。

罪悪感なんて、もう思い出せない。

ただ、時々ニュースで逮捕者の名前を見る。

皆、新入りの若い連中だ。俺が命令した“仕事”の実行役。

胸が少しだけざわつくが、もう戻れない。

鏡の中の自分を見て、ふと思った。

――俺はいつから“こういう人間”になった?

スマホが震えた。

表示された名前は、あの“おじいちゃん”。

「次の仕事がある。君ならできる」

俺は、ためらいもなく返信した。

「分かりました」

その時、足元の闇が、静かに笑った気がした。

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