それからの俺は、勝利を積み重ねた。
朝からホールに入り、昼過ぎには勝ちを確定させて帰る。収支ノートの数字は右肩上がり。気づけば月二十万の安定収入。大学へ行く意味を感じなくなり、講義よりもホールの空気の方が心地よかった。
光と音、メダルの流れる音。
周りの客の表情が、もう俺には他人事に思えた。俺だけが波を読める。俺だけが、この世界の“裏側”を知っている。そう信じて疑わなかった。
だが、その頃から少しずつ歯車が狂い始めていた。
朝の目覚めが遅くなり、食欲がなくなった。勝っても嬉しくない日が増え、負けると異様に苛立った。金は増えているのに、何かが削れていく。
ホールの照明がまぶしすぎて、夜の街が妙に暗く見えた。
コンビニの店員が笑顔で「お疲れ様です」と言っても、俺は返せなかった。
「俺は勝っている。だから大丈夫」
そう言い聞かせるたび、心のどこかで小さな音がひび割れる。
気づけば、グラフの波にしか心が動かない。
スロットはもう“遊び”でも“仕事”でもなかった。
それは、俺を飲み込む“呼吸”のようなものになっていた。
息を吸うように打ち、吐くように金を賭ける――。
この日々が崩れるなんて、その時の俺はまだ知らなかった。
